…たなごころの一碗に込められた作者の思い、数奇の思い。この小品に、あふれんばかりに自己の内的世界を注入しようとする文化圏の人々が、すなわち私たちであります。同時代人として様々にご覧いただきたく、何卒ご来展のほどをお願い申上げます…
「遊碗展」と銘打った本展も今回で九回目となる。この挨拶はお客様への口上として以前述べたものである。
この、茶碗という土からなる小立体。思えば不思議な物である。他の文化圏の人たちにしてみれば、洟も引っかけないような代物なのかもしれない。単なるボウルにしか見えないのではないか。私たちの茶碗は、いわばローカルな、内輪にしか通じないオタク的対象物なのである。ためしに外人の陶芸家に作らせてみたらわかる。いやいくつも実際に見てきたが、それらは微妙にちがうのである。感覚に触れてこないのである。心がざわつかない。このあたりのことは曰く云いがたい。千万言を費やしようと筆舌に尽しがたい事柄のように思われる。
文化とイデオロギーとを比べれば、人にとってどちらのほうが切実か。文化は血に根ざすものであり、イデオロギーは頭で考え出したものとみるなら、人が最後の最後に守ろうとするのはやはり文化なのではないか。文化とは人の生き方考え方、生きてゆくスタイルのようなものだと思う。そしてそれの拠って立つところは何かと言えば、歴史なのであろう。うずたかく積み上げられてきた私たち父祖の営みというものがある。善美なるもの、邪悪なるもの、フィクション、ノンフィクションこき交ぜ、ひっくるめてである。私たちはそれに影響されざるを得ない。それに連ならざるを得ないのである。これいわゆる自己同一性の問題である。イデオロギー的な思考は現在と未来しかその念頭になかったがゆえに、個も全体も自己分裂をきたしたのである。そしてあらぬところへ人々を連れていったのではなかったか。過去を否定するなら否定するでいいだろう。しかしなんの立脚点も持たずに、何かにそそのかされるままに、そんなに破壊していいのか。文化というものは、本質的にフラジャイルなものなのである。一度失ったらそれっきりである。私たちの過去に対する否定のしようは、その資格と能力もないくせに、高みから見くだすような、自大な、侮蔑的なもののように思われる。そしてやってしまってから、私たちは不安におののいているように見える。自分の正体がだんだん自分でわからなくなってくるのである。
話しがまたあらぬほうへ行ってしまったが、なにも私たちの自己同一性が皆無だとまで言いたい訳ではない。滅び去った文化諸般は数知れないが、ほとんど抜けがらとなっても(失礼!)命脈を保っているものがある。その一つに茶道がある。宗教的しぶとさで残存している。私たちの過去にたいする侮蔑と破壊を超越するかのように。なぜ茶道が数世紀を経ることができるのか。それは背後に膨大な物語を蔵しているからである。フィクションであれノンフィクションであれ、偉大なストーリーを宿しているからである。それは人はいかに生きるべきかという物語であり、命より上位の価値観についての物語であり、宗教的救済を示唆する物語である。そのなかで茶碗という物は、物でありながらいわば狂言回しの役割を演じているように思われる。壮大な戯曲の完成に欠かせない役回りを演じているのである。
冒頭、茶碗は不思議な物と言ったが、この小立体の背後には、壮大な叙事詩が控えているから単なる物の範疇を超えて不思議なのである。私たちには、それがうすうすわかるのである。美も含めてである。私たちにはわかる。単なるボウルが茶碗へと越境する不思議な境界のあることを。この不思議なエートス。その不思議の所以を問われたなら、君たちにはわからないだろうなあと言ってすべからく応えるべし。
葎
今回は、昨年11月に美濃で催されたある茶会の余韻を敷衍しつつ、「試みの茶事より」と副題を添えて開催いたします。その茶事は、まさに作り手による作り手のための、数十名の陶芸家の集う実験的なものでした。道具はすべて当日のために作られ、茶まで彼ら自身によって摘まれ加工され茶壷に仕込まれ、当日抹茶に挽くというものでした。その茶の味とともに強烈な印象を皆に残した茶事でした。いわゆる一座建立という雰囲気がそこには充満していたと思います。
作家の方々にはその余韻、気韻をおおいに盛っていただきたく、第9回遊碗展を開催いたします。
茶碗以外にも、水指茶器花器なども今回出展されます。
何卒ご清鑑のほどをお願い申上げます
出展作家
浅野哲 厚川文子 板橋廣美 市野雅彦
植葉香澄 内田鋼一 大江憲一 岡本作礼
奥村博美 隠崎隆一 加藤久美子 加藤委
金井悠 叶貴夫 川上智子 川端健太郎
北村純子 金憲鎬 桑田卓郎 鯉江良二
鈴木卓 滝口和男 堤展子 新里明士
長谷川潤子 長谷川直人 服部竜也 原菜央
福本双紅 前田昭博 槇原太郎 松本ヒデオ
三原研 村田森 森野彰人 柳原睦夫
山田晶 吉川充 吉村敏治
Celine Chevalley