時代というものは歴史によって括られる時代と、個人が現実に生きて経験する時代との二つがあるように思われる。濃密な時代、希薄な時代。暴虐の時代、平穏な時代。豊かな時代、窮乏の時代。生きて甲斐ある時代、甲斐ない時代といろいろな時代があろう。そのなかで人は個々の生を生き死んでいく。時代の順風を満身に受ける人もいれば、時代の犠牲になる人もいる。時代を愛する人もいれば、時代を呪う人もあるだろう。それぞれである。近年は三万人を超える自殺者がいるらしいが、彼らは時代の犠牲者であろうか。あるいは呪者であろうか。それにしてもただならぬ数である。
人は生きている限りおのれの利を求めて立ち回る生きものである。特に近代からは時代というものがつねに頭から離れず、バスに乗りそこねてはなるまじと、いつも落ちつかない気持ちで何か目新しいものを求めている。時代が奔流のように目の前を流れているのを見て、じっとしてはいられないのである。思わず飛び込んでしまうのである。そしてある人には浮かぶ瀬もあるだろうが、ほとんどの人は取りつく島もなく、ままならぬこの世に恨みを呑んで死んでいくのである。時代に踊らされ翻弄されるのが人の常ということである。健気(けなげ)といえば健気である。人は時代に従順で、時代に期待し、時代と仲良くしたいと思っている。そして幸福を願う。しかしその健気さを時代はしばしば裏切るのである。時代を生きるというが、私たちが個々に経験していることは、群盲象を撫でるのたぐいで、わけもわからず時代という巨象の一部を撫でているだけかもしれない。全体像は死ぬまでわからずじまいで、ただただ一片の存在として押し流されて行くだけなのかもしれない。
「とにかく戦争がすんでからは裸踊りでも何でもいいし、アクロバットな動作をすれば、それで人がワァッと言うて、手を叩いてくれるというふうなそういう幸いな条件があったものだから…、活花でも何でも全部そうでしたね…」。ある鼎談での八木一夫の言葉である。八木は時代を敏感に感じ取り、武者振いするような気持ちで自分も裸踊りをやらねばならぬと思っただろう。時代の潮目が変った瞬間をとらえて流れにザンブと飛び込んだのである。今から思えばあの流れは大きく急であったから、我を忘れて飛び込んだ人は流れの上に頭を出すこともできず、ほとんどは溺れながら流れ去ったと言える。再びこれも人の常なのである。しかしそのなかで八木はやきものによる従来にない驚異的な表現をなしえたのである。天賦の才と言ってしまえばそれまでだが、しかしそれ以前に、八木は裸踊りを狂躁のなかで踊りながらもおのれの精神というか意識を正気に保つことができる人だったということだろう。創造的な知性が冒険を試みていたのである。ときに時代から離れる意識が八木の作品に普遍を与えたのだと思う。八木の意識は流れの上に出ていたのである。
昔の人は、あんまり時代のことは考えなかったのではないか。そのほうが幸せだったと思う。もっと自然というか天地万物のあいだに我というものを置いて、そのなかに安らぐ自分というものを持っていたように思う。時代を忌み嫌うという意味ではなく、そのような、時代から離れた境地から人生の一大事を考えていたのだろう。結局そのような境地から生み出される芸術のほうが深く普遍的なのではないか。八木の生き方がそうであったとは言えない。また決してやすらかな自己を見出すような生き方でもなかったと思う。しかし八木は時代のいわば寵児でありながら、時代から離れる意識も忘れなかったのである。芸術の人たる所以(ゆえん)である。あれらの美術史に刻まれるべき作品群は、その意識と天才のあいまっての所産であろう。
時代の下僕のような、時代の顔色をうかがうだけの芸術では、いっときの流行ものすたりもので終る。流されるばかりでは口惜しい。芸術とか学問の極みは、一つの時代を超えて後の人たちの精神に影響を与え続ける。言葉とかものの考え方、感じ方にさまざまな影響を残してきたのではないか。今展の桑田卓郎に天才があるかどうか知らないが、あろうがなかろうが、またそんなご大層なと言われそうだが、芸術の人たらんとするのなら、時代に対しては覚醒者の一人でいてほしく、以ってできれば驚異的なものをやきもので表現もしていただきたく、弱冠二十代の彼ゆえに勝手ながら期待させていただき云爾(しかいう)。
葎
KUWATA TAKURO
1981 広島県生まれ
2001 京都嵯峨芸術大学短期大学部美術学科陶芸卒
2002 財満進に師事
2006 第6回益子陶芸展 最高賞 浜田庄司賞
2007 多治見市陶磁器意匠研究所修了
2007 第2回織部デザインクラフト展 銀賞
2008 第26回朝日現代クラフト展 奨励賞
2008 第8回国際陶磁器展美濃 美濃賞
2008 TALENTE2008(ドイツミュンヘン)
2009 第17回テーブルウェアフェスティバル・テーブ
ルウェア大賞 グランプリ 経済産業大臣賞