十八世紀イギリスの作家、スウィフトは、ご存じガリヴァー旅行記を書いた人である。もともとこの旅行記はお子様向けのお伽噺ではない。その内容はひと口で言えば、人間のいやなところ、どうしようもないところ、もっと言えば、醜悪、強欲、邪智、奸佞(かんねい)といった人間の、腐臭紛々たるところを容赦なく剔抉(てっけつ)しようとしたものである。ガリヴァーは、船出するたびにあちこちのへんてこな国へ行くのだが、そのなかでも圧巻は「馬の国」である。そこでは、人間はヤフーといって、人にあらず獣として登場する。人間に酷似はしているが、まあ人獣といった体である。一方、馬は理性ある万物の霊長として描いてある。ヤフーはその馬に飼われる家畜なのである。
ヤフーのメスの習性の描写にはショックを受ける。ヤフーのメスは、ヤフーのオスを誘惑することだけが仕事である。メスは、あらかじめ諸所にフェロモンたっぷりの尿を放っておく。近づくオスに意味ありげな表情でモーションをかける。流し目でオスの顔色をぬすみ見る。オスが飛び上がって追っかければ、その手をのがれるふりをする。なおオスは追う。そしていざ手中に落ちんとするどたんばでオスを足蹴にする。これをくり返されるからオスはたまらずあきらめて、ほかのメスに気をとられ、そっちへ行こうとすると、またメスは手練手管の限りをつくし、オスをわが身へ惹きつけようとするのである。作者はそれを巨細に活写している。
ショックを受けたのは、むかし読んだ少年少女物語とあまりに違うこと、それに筆者は女性崇拝者を自認している。しかし想像するまでもなく、スウィフトはヤフーに仮託して、男女を問わず人間への厭悪を容赦なく謳いあげているのである。スウィフトは、聖職者でもあったという。筆者は彼が神に仕える身だったことに驚く。神の言葉を壇上から吐きながら、この書をものしたのである。案の定というか、晩年は自家中毒をおこして狂ってしまったという。これはある人間の異常な精神状態から生み出された物語のように思う。狂気のうちから迸(ほとばし)り出るブラックユーモア。荒唐無稽に奔走する想像力。筆者はこれに文学という深淵にひそむ魔物を見る思いがする。スウィフトはこの魔物と取引をしていたのだろう。
思うに芸術とは、ことによっては人の正気を対価として要求するものなのである。しかしながら毒を含まずして芸術と嘯(うそぶ)けようか。芸術の人にはそういう毒でもって人に驚きと気付きを促すという役回りも課されているのである。すなわちこれ芸術のレエゾンデエトルのひとつ、批判、批評ということであろう。
今展の津守愛香にそこまでの大役を期待する由もないが、彼女の作にも少しくブラックユーモアが垣間見られる。ブラックユーモアを立体で試みても、たいがいはずっこけるのだろうが、彼女の場合そうでもない。心のうちに陰翳のある人でないと、こうはいかないように思われる。ディテールにまで意がおよんでいる。そのためのテクニックもたずさえているようだ。彼女の作を見てやられたと思わせられることがある。
現物にてその感を同じゅうしていただけましたら幸甚至極と存じ上げ云爾(しかいう)。
AIKO TSUMORI
賞歴 展歴
1979 滋賀県生まれ
2002 京都市立芸術大学卒業
朝日陶芸展入選(03’05’06’)
ホワイトキューブギャラリー(京都)
2003 日韓若手作家交流展出品(滋賀県立美術館)
女流陶芸展新人賞
ホワイトキューブギャラリー(京都)
2004 滋賀県立草津文化芸術会館 中庭作品展
同時代ギャラリー(京都) 陶の器展
2005 京都髙島屋美術工芸サロン
2006 クラフトギャラリー集(京都)
土岐市織部の心作陶展 銅賞
2007 長三賞陶芸ビエンナーレ 奨励賞
2008 京都髙島屋美術工芸サロン
2009 神戸ビエンナーレ現代陶芸展入選
2010 ギャラリー陶園(信楽)
2011 滋賀県立陶芸の森 陶芸館ギャラリー
2012 Art Rin(京都)