大陸と島
戦後の日本の陶芸は、現代陶芸、伝統陶芸、クラフトからなる”曖昧”な三国時代を過ごしてきたように見える。それぞれ陶芸による立体造形(オブジェ)の作家、古陶磁を鑑とする器の作家、そして民藝の流れを汲む和風洋風クラフト作家が棲み分けている。”曖昧”と言うのは、現代陶芸の世界は、現代美術に対しては伝統陶芸の側に立ちたがり、クラフト作家の中にも伝統陶芸の技法やモチーフを借用する作家には事欠かないから、あるいは「茶碗もオブジェ」というわけでオブジェ焼きの作家が器を焼けば、クラフト作家も可愛いフィギュアやオブジェを焼いたりするからである。
しかし、こと造形美のレベルで眺めると、オブジェか器かを問わず、陶芸による新しい造形表現―作家独自の陶芸観と感性による造形―を目指す作家と、伝統的な造形表現―基本的に古典に規定されている―を写す作家に二分される。オブジェを焼いても、背後にミロやノグチが見えるならば後者であろうし、反対に、器を焼いても新しい造形美は可能であろう。とはいえ茶碗一つ取っても、それが極めて困難な道であろうことは想像に難くない。極端なデフォルメや変型は新しくも珍しくもないからだ。それゆえか、器の新しい造形美と言えば、専ら現代陶芸の作家が、自らの作風の延長線上で、つまり使えるオブジェとして展開する場合が多い。当然、重心はオブジェの方にあって、器はその応用と見なされる。
ここで”新しい造形美”の”新”を温故知新の”新”に重ねよう。もちろん、伝統陶芸とは温故知新の世界だろう。だがしかしそれは伝世品を鑑賞する”温故”であり、”いま見ても織部は新しい”とか”古典は永遠に新しいから古典”という”知新”であることがほとんどであった。しかし、”故きを温ねる”ほうを文献学的、地質学的、化学的、考古学的な研究に置き換え、”新しきを知る”ほうを研究成果としての古陶磁理解の刷新、すなわち古陶磁の中に新しい美を発見することとしてみると、伝統陶芸の中に従来とは異なる一派―原理主義者たち―が存在していることに気がつく。そして彼らの作品が古典に根差しながらも、使えるオブジェの美とは異なる、新しい発見の美を目指していることが理解されるだろう。原理主義者は古陶磁(数百年経った伝世品)を写すのではない。古陶磁の原理を見極め、それに沿って一から新しく(未知なる数百年前の新品として)作るのである。
あらゆる創作がそうであるように、オブジェ派であろうと原理主義者であろうと、その作品に美が宿るかどうかは、歴史との対峙にかかっている。創作の美というより、発見の美であること、その発見は古陶磁の歴史解釈を前提としているから、その意味で古陶磁を見てきた眼で、しかも新しい解釈に開かれた眼でなければ発見できない…一言で言えば、通の中の通だけに通じる美ということであり、狭く困難な道に変わりはないようである。
豊増一雄はそんな陶芸の原理主義者の一人であるが、その温故の対象は、日本磁器の生成期である。唐津から初期伊万里、初期伊万里から古九谷、鍋島へ、ただし濁手以前の時期、言い換えれば、石の陶器としての唐津から朝鮮式の磁器へ、朝鮮式から景徳鎮式への移行期である。年代にすれば1610年~40年代、これは明末に相当する。初々しい発生期の磁器の現場に、爛熟した明末の磁器が流れ込んできて急に混じり合ったのだ。この乱流に流れ込んだ日中韓のさまざまな支流を辿って新たな解釈を加えることで豊増作品は生まれてくる。
発色の美しい出展作の染付、祥瑞、青白磁などを見ると、明代~明末の陶磁が主題となっているようだが、さらに三島風にも見える青磁印花や、ケイ窯を思わせる白磁刻花が並ぶと、豊増の関心が中国陶磁のある本質に置かれ、それが同時に、なぜ上記の混じり合いが可能だったのかという問いへの答えになっているように思う。それは造形や釉調に現れた大陸的な大らかさとでも呼べる本質である。宋磁ではなく唐~五代の陶磁、清代のつるんと冷ややかな青花とは異なる明代青花、そして当然、半島李朝の天然ではなく島国京焼の細やかさ巧みさとも異なる、大らかさ。決められた完璧を目指す道も困難であろうが、ゆるさと大らかさは紙一重であって、大らかなバランスは作ってみないとわからないという困難があるだろう。数を作って選び抜くのみ、そうして選び抜かれた作品に出会えることを心待ちにしている。「清水穣・同志社大学教授」
Kazuo TOYOMASU
1963 中国上海市に生まれる
1984 中国杭州市中国美術学院留学
1989 京都府立陶工訓練校成形科卒業
1990 同校研究科修了
八世高橋道八氏に師事
1993 有田町に陶工房七〇八を開窯
1995 朝日現代クラフト展招待出品
1999 九州山口陶磁展1部入選
2003 九州山口陶磁展2部入賞
2004 九州山口陶磁展2部入賞
2007 九州山口陶磁展2部朝日新聞社賞
2007 西部工芸展入選
2009 日本煎茶工芸展入選(2016年まで)
2010 単室登窯を築窯
2012 景徳鎮にて陶芸研修
2012 日本煎茶工芸展協会奨励賞
2014 日本煎茶工芸展協会奨励賞
個展(野村美術館)
2016 韓国楊口白磁博物館招待出品・作品収蔵