写真の作品は長谷川直人さんのものです。使われている素材は、灰、長石、陶土、それに鉄筋のように見える鉄と真鍮です。壁面作品で、高さ25センチほどの大きさです。彼はこれをかねてより〝ただそこにあるもの〟と題してきました。筆者はこれの連作をかねてより〝侘びているなあ〟と思ってまいりました。その印象は強烈なものでした。
ところで侘びは、侘ぶの名詞形です。一般に侘び寂びとかいいますが、侘びというのは、物足らず、欠落の、ままならぬ、蹉跌(さてつ)するといったほどの意味だと思います。あるいはよって、心細いとか、つらいとか、元来そういった状況なり境涯をいう言葉でもあったと思います。だから侘びは、そのような好ましからざる言葉として慣用されてきた一面があります。現代でもなにか景気の悪い、否定的な意味で使われることがあります。しかしながら、そういった不充足の状況を是として、甘受し、その境涯に安んじる心を持することができるのなら、また違った世界が眼前に現れるのでしょう。
そのような心を一つの哲学として内面化精神化しようとしたのが、遡れば利休であり、紹鴎、珠光であり、一休宗純であったと思います。利休は紹鴎に、珠光は一休に生きながらに逢っています。この系譜にまちがいはなく、その精神の受け継ぎによって、いわゆる侘び茶というものが出て来たのだと思います。そして侘び茶の宗教性からいうと、珠光に影響を与えた一休宗純の存在は、後日の茶の湯にとって、仏陀のごとく決定的であったのではないかと思われるのです。侘びの精神とは、つまるところ執著を離れて、禅機にいたること、すなわち真の自由を得るところにあると思われるからです。そして茶の湯の世界は、侘びの精神によって発見された美、また侘びの精神から創作された美で満たされています。それは外面的な美とは対極の、内示的精神的な、私たちの心を落ち着かせるような美であると思います。それが昔から寂びの美といわれているものなのだと思います。
筆者は、前々から長谷川さんの作品の、色濃い侘びの風情に感じ入っていましたが、かといってそれを言葉でどう述べればいいのか困るのですが、写真の作品に戻りますと…、彼はこれを作るのに型を用いています。その型の用い方が独特です。よく型を取るといいますが、そのためには、型を取るための最初の造形が必要です。しかし彼は型のもとになる造形をなさず、実際のかたちを見ることなく、いきなり中は空っぽの型から作り始めます。それからその型に石炭灰など、いろいろなものを充填し焼成します。すなわち型の内のうつろな空間を利用して造形しているわけです。いや造形というよりは、なかでブクブクと発泡などが起こり、生成が進行しているといったほうが当っています。ちょうどタイ焼とかカルメラ焼の伝で想像していただければいいと思います。詳細は割愛していますが、彼の独自なプロセスには、なるべく自我の痕跡を消そうという意志が窺われます。もちろんフォルムとか表情のグランドデザインは、彼の意の範囲にあるのですが、あとは生成にまかせるといった態度を感じるのです。
彼の〝ただそこにあるもの〟は、型のなかで自ずからの生成変化を経て姿を現します。そういえば、この世のものすべても、生成変化の途を経てこの世に存在を示しています。しかしながら、かたちあるものは必ず壊れていきます。生成変化とはなにかにナルということで、存在してアルということとは別事だと思います。存在ということを突き詰めれば、いわゆる形而上の実存の問題に行き当り、私たちを超越するものとか、永遠の存在を考えねばならなくなります。私たちは、万物流転のなかでほんの一瞬存在するに過ぎない存在だと思います。その存在は有限であり、この世で得られるものすべても仮象に帰するのでしょう。人間本来無一物ということでしょう。しかしながら、そのようなことすべてを了見した上で、私たちにだって永遠の相を垣間見ることぐらいは許されていると思います。
信仰のことをいうのではありませんが、侘び茶の世界と、そこに棲まう美は、仏教のエセンシャルな諸徳を問わず語りに語りかけてくるように思われます。長谷川さんの作るものが語りかけてくるもの、見ていると、どうもうまくは言えませんが、牽強付会でもなく、上述のようなよしなしごとを思ってしまうのです。やはり侘びている!と。
今展では彼のうつわにも期待したいと思っております。何卒のご清賞を伏してお願い申上げます。-葎-
Naoto HASEGAWA
1958 京都生まれ
1985 京都市立芸術大学大学院美術研究科修了
1995 京都市芸術新人賞
現在京都市立芸術大学教授
1992 「次代を担う作家」展(京都府立文化芸術会館)
1996 交感する陶芸(愛知県陶磁資料館)
1997 「美の予感」展(高島屋)
1998 作り手たちの原像展(滋賀県立陶芸の森)
個展
アートスペース虹(京都)
ギャルリプス(東京)
ギャラリー目黒陶芸館(三重)
ギャラリー器館(京都)
ギャラリーマロニエ(京都)
ギャラリー白3(大阪)
ギャラリーいそがや(東京)
SILVER SHELL(東京)
ギャラリーTAO(東京)
ギャラリーm(東京)
GREEN COLLECTIONS MULTIPLE(東京)
THO ART SPACE(韓国・Seoul)
その他