(緊縛手についてのノート)
写真の作品は奥村博美さんによる新作です。奥村さんらしい冒険的な試みと技術的裏付けが窺われる作品だと思います。奥村さんは近年、ケガに見舞われたり(交通事故)、厄介な病を得たりと、困難な日々のなかにおられました。だいぶよくなられましたが、事故の影響で手指の動きに支障をきたすことにもなりました。そういったおのれの身体の深刻な変化に不安をおぼえ、とまどいあせり、制作に対する気概もシュリンクしてしまいそうな悩ましい日々だったのではないかと拝察するのです。
そのような彼に筆者は一つの〆切を課すための様子伺いをしてみました。いや丁重に個展のお願いをしてみました。生きている限り人生は〆切の連続ではないですかと…。
写真の筒花と、手付き桶は同じ技法で作られています。奥村さんいわく緊縛手(きんばくで)という技法です。ここでその技法をなるべくイメージの湧くように書き記しますと…。
まずスチロールの筒を何本か束ね、結(ゆわ)えます。これを背骨のようなものとします。そしてこれにヒモを巻いていきます。平たい荷造り用の紙のヒモだそうです。作品のフォルムを思い描きながら巻いていきます。ねじったり、結び目を作ったりしながら、何層にも巻き重ねていきます。
巻き終わったら、表面に土を貼付していきます。土を手に取り、叩き、ていねいに壁土を塗るような作業だと思います。土は泥土のようにやわらかい土です。ヒモのねじれとか結び目といったテクスチュアをよりそのままに写し取るためです。筒花の胴に入る裂け目は、成形後に手で割り裂いたように見えますが、この部分は最初から土を塗り込まないでおくそうです。
それから乾燥を待たず外側にも、同じ紙ヒモあるいは包帯(布目が浮き出る)を巻きつけます。筒花は包帯、手付き桶は本体が紙ヒモ、取っ手が包帯です。土が締まるようかなり強く巻いていきます。そして乾燥度合いをみて、束ねられていたスチロール筒の内側の筒を抜きます。そうすると空間ができるので、残余の筒もはずし抜くことができるのです。
それから乾燥の頃合いをみて内側からヒモを解きほどいていきます。外側はもう少し乾燥を判断してからほどきます。土はかなり薄手(手取りは軽いです)なので、カタチが崩れぬよう細心の注意を払います。
(手付き桶の取っ手は、塩ビのパイプを両サイドに二本、桶部分のスチロールの束に突き立てて、これにまずナイロンロープを巻きます。その上に包帯を巻き、土を貼付。さらに包帯で締めます。頃合いをみて、彼にしか感覚できない頃合いでしょうが、塩ビパイプを抜き去ります。えいやといったタイミングなのか、それともじりじりとゆっくり抜いて行くのか…。それから二本の円筒をブリッジ状にもっていきます。筆者には緊縛の状態でどうやってその一本の内部のパイプを抜くの?とわかりませんでした。塩ビパイプにナイロンロープだから摩擦が少なくて抜けるのかもしれませんが、スリリングなシーンだと思います)
あとは素焼きし、黒化粧し施釉し本焼きを経ます。還元炎焼成です。
以上ノートが長々となりましたが、記しながら奥村さんの場面場面での息づかいが聞こえてくるようです。彼は困難な状況にあっても制作の意欲を奮い立たせ、着想し、所与の条件のなかで工夫に工夫を重ねて、奮闘したのだと思います。ここまで来たがここから技術的にブレイクスルーするためにはどうすればよいのかといったプロセスのなかで、思いをめぐらせ、選択をしながら工夫を凝らしていったのだと思います。彼はその間、選択と工夫という可能性を追い求める行為によって自由な境地にいたように思われます。そして作品に結実させました。創作の現場は自由なのです。そこから得られる果実には歓喜の味がするのではないでしょうか。
緊縛手によって、見込にも土の波打ちのような躍動が見て取れます。成形後の彫りとか削りでは表現できないことでしょう。これこそ〝新手(あらて)〟と言っていいものではないかと…。困難に屈せず作品を作り遂(おお)せた彼に敬意を表したく思うのです。五年ぶりの展となります。何卒のご清賞を伏してお願い申上げます。-葎-
奥村博美展Hiromi OKUMURA
Technical Challenge for Breaking Through
5/29 Sat. 〜 6/13 Sun. 2021