十年ほど前、日本陶磁協会の陶説の展評欄に当代の父君、七代六兵衞の生き方といったものについて次のような文章を書いたことがある。多少の省略が入るが…、《今回、当代から七代の詳しい年譜を送ってもらってあらためて感じたのは、彫刻家、清水九兵衞としての比重の大きさであった。めくるめく受賞歴と展歴である。六兵衞そっちのけの感がある。七代はもともと戦前戦後と二つの大学で、建築と鋳金を学んだ人である。その人が清水家に入った。そして入って数年で彫刻の方へ〝転向〟している。このあたり、当時存命の六代との渡りをどうつけたのか、軋轢はなかったのか、ある種の驚きとともに興味深いものがある。…七代の世代は、ほとんどが戦争に持っていかれた世代であろう。ご本人も昭和十九年に沖縄へ渡っておられる。復員したのが翌々年。想像するだに凄惨な、文字通り九死に一生の経験を余儀なくされたのではないか。それは心に深く刻まれたことであろう。憚りながら筆者は七代の人とナリにも興味を禁じえない。二百数十年という家の歴史と伝統を担う陶家に入りながら、強い意志でもって九兵衞という選択肢に身を投じた。それはどういうことだったのか。…筆者は、なにより七代の戦争体験がものをいっていると思う。この、かろうじて生き永らえた有難い命である。彼の地での死者のことを思えば、自身と自身の意志をここで殺すわけにはいかなかっただろう。のっぴきならぬ意志をもってなした選択。そして九兵衞としての成功と達成。やりたいこととやれることは別物である。意志と選択の間には齟齬が生じるものである。ままならぬのである。その合一を見ることは困難事である。七代は、陶家としての清水家と京焼の伝統に殉ずる気持は薄かったのかもしれない。しれないが、筆者は本展を通して七代の、何ものにも束縛されまいとする不羈(ふき)の精神に触れたような気がして、敬意措く能わざるものを感じたことであった…》
八代六兵衞の展は今回二回目となる。前回は七年前だった。ひさびさである。彼の作品の由って来たるところ、その考え、概念、プリンシプルといったものは一貫している。ここで筆者なりに概括して述べれば…、彼の作品はやきものが宿命的にもつ曖昧性を極力排したような、それでいて、土の本質的エセンスである可塑性と、プロセスのなかで必然的に起こる変容性といったものを、韜晦(とうかい)しつつ垣間見せるようなものと言えるだろうか。いわば土という素材を、やきもの特有の甘えの文脈のなかで捉えずに、理知的、理性的に見つめ直したような作品と言えるだろう。彼の構造的なタタラ造形には、しなり、たわみ、沈みの意図が秘されており、それがミリメートル以下の世界で図られている。自重と焼成により変容するやきものの弱みとか限界といったものを、逆手にとって自らの薬籠中のものとしているのである。
写真の作品は〝記憶の塔〟と銘打たれている。オパールラスターの輝きが回りを映し込む。タタラによる複数の長方体(直方体)の一体造形である。二つの四角柱の脚は、塔の土台の四角柱と連続して貫通しているかのように精確に配されている。成形時の見た目は、五つの長方体の集まりである。そこから切除というか切り取り、はつりがなされている。エッジが効いている。後戻りのできないプロセスである。わからなかったのは、この作品の、どこがたわみ沈みの見せ場なのかということだった。聞けば箱全体が沈んでいるということだった。もともと塔が乗っている面と、箱の上面はツラいちだったのである。数ミリほど箱が下方へ動いたのである。不思議に持ち上がったような二塔は、浮遊感を帯びていかにも記憶の塔といった風情である。私たちの記憶とか過去も、夢とうつつのない交ぜとなった、茫々たるものなのではないか。抒情をまとって秀逸の作品となっている。
七代と八代は親子であり、ともにもの生す人であるから、結構むつかしい関係にあったのではと邪推していた。しかし仕事場も別だったらしく、つかずはなれずといった、おだやかな人間関係であったらしい。制作のことで尋ねれば、父は親切にヒントらしきものを与えてくれたという。そして自分は先代から深い影響を受けているのは確かだと心中を明かしていた。
清水家は稀有にも八代続いている。底流にはもちろん代々連綿している家風というものがあるはずである。そのなかで八代は別して七代を継いでいるように思われる。この親子の作風には共通項がある。堅固な意志に裏付けられた自己同一性、自己を裏切らない一貫性である。そこを持さねば作品は四分五裂していくのである。八代も父に似て意志の人のようである。
今展では、やきもの的ディメンションといいますか、サイズを抑えた作品が出てくるものと存じます。掌中におさまるような小品も見られることと思います。何卒のご清鑑を伏してお願い申上げます。-葎-
清水六兵衞展Rokubey KIYOMIZU
His Identification in The Old Family
10/22 Sat. 〜 11/6 Sun. 2022